プライマリーケアの現場において、急性心筋梗塞患者が典型的な胸部症状や心電図異常を示す症例はむしろ少数であり、狭心症や心筋梗塞既往例、急性クモ膜下出血後のST変化など、類似の病態を示すものが多く、鑑別がときに困難であることが多い。このことは侵襲性の高い心臓カテーテル検査などの画像検査を躊躇させる原因ともなっている。急性心筋梗塞患者に対して、心筋梗塞サイズや心不全・不整脈発症率を抑制するためにより早期に再灌流を行うことが求められるようになってきたが、従前の白血球数、CK(CK-MB)、ALT、LDHなどの血球や心筋逸脱酵素の上昇には6時間以上を要し、迅速な診断が困難であった。このため、心筋障害後早期に血中濃度が上昇する特異的マーカーの検討が開始され、ミオシン軽鎖Ⅰ、心筋トロポニンT、H-FABP(heart type fatty acid-binding protein、ヒト心臓由来脂肪酸結合蛋白)などが相次いで開発された。これらは発症から数時間以内で特異的な診断が可能であり、特に現在では15分で結果が判定できる迅速測定キットが開発され臨床応用されている。
心筋トロポニンT:トロポニンはヒトの筋肉において筋原線維を構成する収縮蛋白でありトロポニンT、I、Cの3種類のサブユニットより構成されている。トロポニンTには数種類のアイソフォームが存在するが、心筋由来のトロポニンTは他のものと一次構造が異なっており、モノクローナル抗体による抗原抗体反応により特異的な血中濃度測定が可能である。市販の迅速測定キットでは心筋梗塞の発症4~6時間後から陽性となる。なお、このトロポニンTは梗塞範囲や壁運動低下度と相関することが知られており、また発症後10日から2週間程度陽性であるため、亜急性心筋梗塞の診断にも威力を発揮する。
H-FABP:FABPは、体内でエネルギー源となる遊離脂肪酸の細胞内輸送に関与する低分子可溶性蛋白である。FABPには臓器特異的なアイソフォーム(H:心筋型、L:肝臓型、I:小腸型など)の存在が認められ、H-FABPは主として心筋細胞脂質に局在し、骨格筋や他の組織における含量が少ないことから、心筋傷害の優れた特異的指標になると考えられていた。心筋トロポニンTよりも特異的なモノクローナル抗体の作成が困難であったが、数年前に可能となった。これも迅速診断キットが市販されており、心筋虚血に伴う心筋細胞障害時に心筋トロポニンTよりもやや早く2~4時間後から陽性となり、5~10時間でピークに達する。いずれも心筋梗塞発症急性期に陽性となる特異的マーカーであり、積極的な測定が望ましい(現在は健康保険にも収載されている)。